被災地の写真を見るということ
新宿のコニカミノルタプラザで「DAYS JAPAN が選んだ3.11」展をやっている。改めて、震災が起きたのが今年であり、まだ1年も経たないことであるのに驚く。けれど、展示の中には、インターネットや雑誌で何度も見て、既に見慣れた写真も多い。
4月、私はいつも買わない週刊誌を買った。毎日グラフとAERAとFOCUSだった。
3月、友人や親戚に直接被災した人はおらず、私はひたすらインターネットで写真を見、動画サイトで動画を見た。特に写真のページをいくつもブックマークし、ローカルに保存した。迫り来る津波、建物の上に乗った船、たくさんのがれき、火事の跡、避難所。
そして土葬の風景。
FOCUSには人のいなくなった福島の村の写真や、被災地の夜の写真と共に、死体の写真が載っていた。私は立ち読みでそれを知り、雑誌を買った。
強い罪悪感があった。知らなければならないと義務感もあった。けれど、それを買ったのは4月に入ってからで、狂騒的な時間はすでにすぎていた。
私は見たかった。
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震災後の写真という副題を付けられた、『アフターマス』という本を読んだ。この本の中で、飯沢耕太郎氏は被害の実態を知るために死体写真を公開するべきだという。
(前略)東日本大震災の死者たちの写真が広く公開され、われわれの前にその姿をあらわすことを望みたい。
(中略)死者のイメージは終わりではなく始まり、帰結ではなく契機であるべきだと思う。
飯沢氏はまず、死者の写真が公開されない理由を、被災者への配慮だとしている。身近な死者の公開はタブーが強い。死体写真家釣崎清隆氏の震災に関する写真展でも、被災者の死体は袋に包まれた状態だった。展示会場の別の面では、ショッキングな南米等の死体写真が堂々と飾られていたのに。
また、ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』を引き、死者の写真を見たいという、いわば下品な欲望もあることを認めるべきだと言う。
苛まれ切断された死体の描写のほとんどは確かに性的な興味を喚起する。
スーザン・ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』
飯沢氏は、それでもなお、自分が死者になったとしたら、そのことを語ってほしいだろういう想定から写真の公開を肯定する。
これはやや素朴すぎる意見にも聞こえる。死体の写真を見たいという欲望と、自分が死者であったとしたらという仮定が、うまく繋がらない。写真を見る人間は、死者ではありえない。
例えば、ハネケの「ファニー・ゲーム」は、ある家族が突然残酷な目にあうという映画だ。この映画では、所々で犯人が観客に語りかけ、この映像が映画だと暴露するようなシーンがある。それは否応なく、観客を映画内で振るわれる暴力の犯人にする仕掛けだ。観客が望むから、家族は殺されるのだと犯人は暗に語る。
見たいんだろう?と。
釣崎清隆氏の著書あとがきには、世界の貧しい地域での死体写真を日本で公開する行為について、搾取だという指摘があることが記されている。
ソンタグはまた、写真を感傷主義、見せかけの知識、麻酔であり、略奪的だとも言って批判している。
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7月、『他者の苦痛へのまなざし』を読んだ翌日に、私は石巻市に行き、写真も撮った。石巻には私と同じように、カメラを持った人々がたくさん歩いていた。
問題を引き受けたとき、人は当事者になる
中西 正司 ,上野 千鶴子『当事者主権』
出来事は否応なく人を当事者とそれ以外に分断する。理由なく、ほとんどの場合においては確率的に。
写真は暴力と略奪から逃れられないことがはっきりしているメディアだからこそ、問題を引き受ける契機にもなりうるのではないか。自分が死んだ人間であったならばではなくて、自分が死んだ人間ではないからこそ。
写真が私たちに代わって道義的、知的な仕事をするわけにはいかない。だが、私たちが私たちの道を歩き始める契機にはなるのだ。
スーザン・ソンタグ『この時代に想う テロへの眼差し』